TCフォーラム研究報告2026年3号(2026年1月)

TCフォーラム研究報告2026年3号(2026年1月)
わが国でスタートした富裕層ミニマム税、アメリカで活発化する富裕税導入論議
富裕層ミニマム課税か、租特の「整理」か?

石村耕治(TCフォーラム共同代表/白鷗大学名誉教授)

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《日米での富裕課税論議》

わが国は、アメリカの代替ミニマム税(AMT=alternative minimum tax)に倣い、「富裕層ミニマム課税」を導入しました。富裕層ミニマム課税は、富裕層(年間3.3兆円超)を対象に、通常の所得税とは別に、毎年、追加課税をするものです。税の「公平」を確保しようというのが狙いです。

・富裕層ミニマム課税は、2025年(令和7年)分の個人の所得からはじまりました。正式名称は「特定の基準所得金額の課税の特例」(租税特別措置法第41条の19/極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)です。超富裕層の所得に対する最低所得税率が22.5%となるまで課税額を上乗せする仕組みです。

・富裕層は概して「租特」、つまり税の優遇/特例措置(いわゆる「租税歳出」)の恩恵を受けていることが多いことから、通常の所得税とは別に最低限の税負担(ミニマムタックス)を求める仕組みです。

・ちなみに、2026(令和8)年度税制改正の大綱において、富裕層ミニマム課税の強化をするために、非課税枠を3.3億円から1.65億円へと引き下げ、税率を22.5%から30%へと引き上げる改正が予定されています(大綱一4(1)参照)。

・一方、 アメリカでは、1969年という早い時期に「代替ミニマム税(AMT)」を導入しています。一部の高所得者が多くの税控除や優遇措置/租税歳出を活用して、ほとんど税金を納めていなかったことに端を発しています。その対策として導入されたAMTは、一定以上の所得をあげた納税者に対し、通常の所得税とは別に、最低限の税負担を義務づける仕組みとなっています。

・富裕層ミニマム課税の特徴は、税制における「公平」を確保することにあります。しかし、このミニマム税は、税制における「公平」確保のプラス面よりも税制を「複雑」にするマイナス面の方が大きいとの指摘があります。税制における「簡素」の理念や目標は、完全に背後に追いやられています。求められるのは、富裕層ミニマム課税ではなく、租特/租税歳出の整理(廃止)による、「簡素」な税制確立です。

・しかも、代替ミニマム税(AMT)は所得税の補完的な制度にすぎません。この対応では超富裕層に対する十分な課税が実現されていない、との批判があります。とりわけ、富裕層に対しては、別途「富裕税(wealth tax)」を課すべきであるとの主張が強まっています。なかでも、富裕層が保有する純資産(総資産額から負債額を差し引いた額)を課税対象とする「富裕税(net wealth tax)を導入すべきだとする声が議論の中心となっています。

・アメリカでは、〝超大金持ちはもっと税金を払うべきだ〟とするポピュリズム増税の動きのなかで、「富裕税」の導入を含む税制改革案が次々と提案されています。

・これらの提案は、連邦レベルのものにとどまらず、州レベルではカリフォルニア州が唯一、富裕税の導入について本格的な議論を進めています。

・アメリカで論じられている主要な富裕税は、大きくわけて4種類あります。いずれも、連邦議会民主党ウオーク・リベラル(意識高い系進歩派/Woke liberal)が提案しています。「経済格差」の是正、税制における「公平」の原則/目標を達成するのが狙いです。

①「ウルトラ・ミリオネア税(Ultra-Millionaire Tax/超大金持ち税)」モデル:個人が保有する金融資産や有形資産などから負債を差し引いた純富裕(資産)に法定税率をかけて算定し、申告納付する制度設計です。富裕税(純富裕税/net wealth tax)です。エリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)上院議員の提案です。

②既存の税法(IRC/内国歳入法典の所得税規定)に継ぎ足すモデル:所得課税ベースとなる資産の評価を、これまでの実現基準から発生基準にかえて、未実現キャピタルゲイン(含み益)にも毎年通常税率で課税する制度設計です。バーニー・サンダース(Bernie Sanders)上院議員が提案しています。「極端な富への課税(Tax on Extreme Wealth)」案です。

・ほかに、③「未実現税留保口座(ULTRA/ウルトラ)」モデル、④「ビリオネア(億万長者)所得税(BIT)」モデルがあります。

・仮にこれらの富裕税導入モデルが実現したとしても、連邦の場合は、富裕税を拒む連邦憲法の高い壁があります。憲法改正をしない限り、連邦最高裁判所が違憲立法だということでこの種の富裕税を認めない可能性もあります。

・ 加えて、こうした富裕税が、真に税制における「公平」に資するのか懐疑的な声もあります。富裕税は、あがる税収額に比べ税務執行や納税協力面(とりわけ資産評価)でのトラブルも多く、コストパフォーマンス(コスパ)が良くないからです。

・アメリカにおける今日の富裕税導入論議は、とりわけ課税ベースとなる資産/富裕額の評価を、実現基準から、発生基準に転換することを重視する形で展開されています。ただ、一連の議論では、現実(実務)よりも理想(理論)を先行させ、発生基準への転換に伴い生じる問題の深刻さが表に出ないようにして進められているきらいがあります。

・「発生した未実現ゲイン(unrealized actual gain)」の適正な評価(fair valuation)に基づいて毎年課税するのは、「帰属所得(imputed income)」に課税することにつながります。こうした課税は、机上で考えるほどたやすくありません。

・確かに課税における発生基準の採用は、「公正」な課税につながります。しかし、資産の価額評価というとてつもない困難さを伴うわけです。まじめに議論し出すと、税務行政や納税協力の面で収拾のつかない大問題になります。ということは、発生基準への転換が正夢になれば、「公平」目標の達成には近づくが、「簡素」、「効率」目標はとても遠い存在になってしまいかねないわけです。

・それに、今日、経済のグローバル化と国境を越えるサイバーエコノミーの拡大はかつてない速度で進んでいます。加えて、生成AIやフィジカルAIの発展によって、人間の頭脳労働や肉体労働が代替される領域は確実に広がっています。こうした状況のもとで、一国が単独で富裕税を導入したり、富裕層への課税を強化したりすることには、さまざまな負の影響が心配されます。

・第一に、富裕層の投資意欲が低下し、結果として雇用の不安定化、貧困化を招く可能性があります。第二に、資産の移動が容易なデジタル資産や国際的な金融商品を保有する富裕層が、重税を回避するために資本/資産を国外へ移す「キャピタルフライト」が加速するおそれがあります。第三に、富裕層がより有利な税制を求めて国外へ移住する「タックスイミグレーション」も活発化しかねません。

・加えて、暦年課税の富裕税は、資産保有税の性格を有し、現行の一生に一回の資産移転税(wealth transfer tax/資産の移転時にかかる相続税・贈与税)との整合性も問われます。

・ドイツやフランスなど多くの国が富裕税を導入したものの、その後廃止・縮小しました。富裕税の成功例はあまりないのです。日本も1950年に富裕税を導入しましたが、53年に廃止しました。

・2018年に出された『OECDにおける純富裕税の役割と制度設計(The Role and Design of Net Wealth Taxes in the OECD)』によると、1990年には12か国が富裕税を導入していました。しかし、2017年には4つ(資料によっては2つ)のOECD加盟国が導入しているに過ぎません。

・北欧諸国などでは、税制における「公平」を重視し、累進課税を強化してきました。その結果、とりわけ国民の投資意欲が低下し、経済の停滞が心配されました。この状況を打開する手段として導入されたのが「二元的所得税(DIT=dual income tax)」制度です。

・この制度導入の背景には、「ゆりかごから墓場まで」を掲げた国家による過度な保護、いわゆる〝ナニーステート(nanny state/過保護国家)〟政策や、EU(欧州連合)の拡大に伴う〝一国社民主義〟の限界が見えはじめたことがあります。経済のグローバル化に伴う市場競争の促進や資本主義の健全な発展を図るという政策の方向転換がありました。

・いずれにしろ、一国で富裕層を国外に追いやるような租税政策を採用し、その国の財政や経済の活力を生活者だけで支えるのはあまり現実的ではないのです。長期的には国力を弱めてしまうおそれがあります。

・国家が持続的に繁栄するためには、市場経済の原理を踏まえたうえで、富裕層には応分の税負担を求めつつも、過度な税負担で国外流出を招かないバランスの取れた税制が不可欠です。経済の活力を生み出せる環境を整えることも重要です。

・そのためには、税金が安く、投資や事業がしやすく、国際的にも魅力ある国づくりが求められます。生活者ファーストの租税政策は良しとしても、「金持ちや外国人は出ていけ!」というような排外主義につながる租税政策には、慎重でないといけません。

・研究報告2026年3号では、アメリカにおける「富裕税」導入の動向と、わが国における富裕層ミニマム課税の導入を交差させる形で、「富裕課税のあり方」を、税制における「公平」「簡素」「効率」の各原則・目標の観点から検討を行っています。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆