TCフォーラム研究報告2024年1号(2024年4月1日公表)
TCフォーラム研究報告2024年1号【2024年4月1日公表】
ライドシェア解禁に伴う税と社会保障の課題
スマホアプリ必須のライドシェアサービスとワーカー課税
官製経済と新自由主義経済とのはざまの政策課題
石村耕治(TCフォーラム共同代表・白鷗大学名誉教授)
一般のドライバーが自用車(自家用車)を使って、オンデマンド(単発)、有料で人を運ぶ「ライドシェア(ride share)」(日本語では「相乗り」サービス)が、わが国でもこの4月から解禁される。
「ライドシェア」は、従来の相乗りサービスとは一味違うビジネスモデルである。端的な特徴は、さまざまな先端技術、ICTを活用して相乗りサービスを提供するモデルである。もっとわかりやすくいえば、「スマホアプリ必須のタクシー類似のサービス」といえる。
わが国のライドシェアのモデル(以下「日本モデル」ともいう。)では、他の諸国のモデルと同様に、ライドシェア運転者は、デジタルプラットフォーム企業(PF企業)のライドシェア専用配車アプリを使って働くことになる。
日本モデルでは、タクシーが不足している地域、時期、時間帯に絞って導入される。国が、複数のタクシー専用配車アプリ運営会社(PT企業)からデータの提供を受け、需給を分析して決める。運賃は通常のタクシー料金と同等とする。
ライドシェア(相乗り)サービスにおける取引者は、運転者(ドライバー)と利用者(ユーザー)である。そして、その仲介役(マッチメーカー役)を果たすのは、デジタルプラットフォームを運営するプラットフォーム企業(PF企業)である。
こうした働き方/ビジネスモデルは、デジタルデバイド(情報技術格差)に悩む世代や終身雇用(life time employment)に慣れ親しんできた世代には、理解するのは難しいかもしれない。一方で、生まれながらにしてインターネットやスマホに接してきた「スマホネイティブ」、「デジタルネイティブ」や、「転職当り前の人たち」には比較的受け入れやすい。こうした働き方モデルは、シェアリングエコノミー、新自由主義の考え方をベースとしたものである。
今後、自用車(自分の自動車・自転車・バイクなど)と、就労仲介型PF 企業アプリを使って雇用類似の働き方(雇用なき働き方)をする人が増えるのかどうかは定かではない。人口減、働き手不足で、「あえて非正規」を望む人を除けば、「やむを得ず非正規」をする人の数は減少すると見られるからである。
日本モデルには独自色がある。それは、タクシー会社が運行を管理する仕組みになっていることである。つまり、配車アプリを使って仕事をするライドシェア運転者はタクシー会社の従業者であり、しかも、運転者の研修や勤務管理はタクシー会社が行うデザインになっている。現時点では、アメリカなどのモデルとは異なる。
また、ライドシェア運転者をやるということで、自用車を使う、あるいはタクシー会社から車両を借りて仕事をするとする。この場合、運転者はタクシー会社と雇用契約を結ばないといけない。つまり、自用車の運転者は給与所得者になる仕組みだ。当然、タクシー会社は、ライドシェア運転者の源泉徴収などの事務を担うことになる。
しかし、政府は、タクシー会社以外の企業の参入を可能とする環境整備について、今年(2024年)6月をメドに結論を出すことで検討を進めている。ということは、今後、ライドシェアの運転者が、タクシー会社の手を離れ、個人事業主である個人タクシーのような存在になることも想定される。
仮にライドシェアにおいても、タクシー会社との雇用契約を結ばないで運転者になる道が開かれたとすると、食事/料理の出前ワーカーや荷物の宅配ワーカーと同じような問題に突き当たる。その範囲も、労働者分類(worker classification)、社会保障や労働保障、課税面など多岐にわたる。
政府は新立法を視野に入れている。ところが、政府には、ライドシェア運転者を、配車アプリを提供するIT企業の〝従業者〟として扱う気など毛頭ないようにみえる。こうした政府の意向を忖度する識者が集められた審議会(国交省交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会)では、ライドシェアを「自家用車活用事業(仮称)」(傍点引用者)と定義している。つまり、彼らは「資本の論理」を優先させ、ライドシェア運転者が配車アプリを提供するIT企業の〝労働者〟なのかどうかについてはふれることを避けている。むしろ〝ライドシェア運転者〟は、〝個人事業者〟であることは当り前である、との前提で議論を進めている。こうした大きな疑問符のつく政府内部での議論の仕方について、マスメディアや労働組合、政党などの問題意識は極めて低い。
仮にタクシー会社の介在なしでのライドシェア運転者のサービス提供が法認され、しかも、運転者を、配車アプリを提供するPF企業の従業者として扱わないとする。この場合、ライドシェア運転者は、事業所得者または雑所得者(業務に係る雑所得者)になる。これは、所得税や住民税上の納税義務である。
加えて、ライドシェア運転者は、状況によっては、事業者登録をし、消費税の申告納税をしないといけなくなる。ただ、消費税の申告がいるかどうかは、仕事量やユーザー(利用顧客)にもよる。ユーザーが個人事業者の場合や企業の経費でライドシェアを利用している場合には、ライドシェア運転者は消費税の課税選択をして事業者登録(インボイス登録)しないといけなくなる。なぜならば、運転者が発行した領収書に登録事業者番号(インボイス登録番号)が記載されていないと、その領収書では、事業者であるユーザーが消費税の計算上仕入税額控除(前段階控除)ができなくなることもあるからである。ライドシェア運転者は、消費税の申告納税が必要になると、帳簿をつけたうえで「帳簿とインボイス」を保存(5年または7年間)しておく義務もある。ライドシェア運転者は、一般の個人事業主と同様に、税務調査の対象になる。その結果次第では、追加納税や加算税も払わないといけなくなる。
このように、ライドシェア運転者は、タクシー会社の従業者(社員)扱いされないとなると、とりわけ税金に関する事務はかなりややこしくなる。
いずれにしろ、PF企業の配車アプリを使い雇用類似の働き方(雇用なき働き方)をするライドシェア運転者を、配車アプリを提供するPF企業の〝従業者(employee)〟と扱うのか、それとも〝事業者(independent contractor)〟と扱うのかは今後、より重い課題となる。ライドシェア運転者を、副業(sideline)ではなく、本業(primary)としてやっているワーカー(働き手)にとってはとりわけである。なぜならば、配車アプリを提供するPF企業の従業者ではなく、個人事業者、事業所得者とされると、所得税の申告の加え、消費税の申告も必要になる可能性が高いからである。
確かに、ウーバー(Uber)社のようなPF企業は宣伝広告(PR)がうまい。「自用車(乗用車、自転車、バイクなど)とスマートフォンがあり、 自社のアプリ(apps)を使えば誰でもスタートアップ(起業)できる!」。「ワーカー全員が経営者を目指す時代だ!」のようなキャッチで、仕事の勧誘をする。これらPF企業の就労仲介アプリを使い、オンデマンド(単発)で、自用車で有料のライドシェア(相乗りサー ビス)運転者(rideshare driver)、特定企業専属の請負配達運転者、あるいは食事/料理の配達員 (delivery driver) として稼ぐことを勧める。
就労仲介型プラットフォーム企業(PT企業)のアプリを使って、労務コストを最小化してワーカー(働き手)に雇用類似の働き方(雇用なき働き方)をさせるビジネスモデルの発祥地はアメリカ・カリフォルニアである。このビジネスモデルは、デジタル化の大波に乗り、世界的な広がりをみせてきた。
このビジネスモデルは、格差社会を拡大させる新自由主義派の〝傑作〟とも評される。新自由主義派の〝傑作〟でも、ワーカー(働き手)にとっては、最低賃金、残業代、有給休暇、労働者補償などをすべてそぎ取り、自分らを使い捨てにする〝駄作〟のように映る。就労仲介型PT企業のアプリを使って働くワーカーは、アプリを提供するPF企業の〝従業者(employee)〟なのか、それとも〝事業者(independent contractor)〟なのかは、アメリカでもいまだ論争が絶えない。
ライドシェア運転者をめぐる税・労働保障・社会保障の制度設計上の課題は、ギグワーカー、フリーランスワーカーなど雇用類似の働き方(雇用なき働き方)をするワーカーに共通する課題でもある。ライドシェア運転者と、料理/食事の配達員などの間のバランスも重視しないといけない。いずれにしろ、就労仲介型プラットフォーム企業(PT企業)のアプリを使って働く人は、そのPT企業の従業者とするのを〝原則〟とする旨を、法律に書き込む必要がある。
雇用類似の働き方(雇用なき働き方)をするワーカーの雇用は概して不安定である。収入も正規の7割程度に留まるとの統計もある。収入が低いと収める年金保険料なども少なくなるから、あながち悪いことではないように見える。しかし、長いスパンで見ると、十分な年金を受け取れず貧困の罠にはまる心配もある。
やはり、ライドシェア運転者をめぐる税・労働保障・社会保障の制度設計で、行き過ぎた市場主義ファーストに走るのはいただけない。また、確かに「働きたいとき、好きなときにだけ働く」の労働観もわからないではない。しかし、そうした労働観を資本の側がもてあそび、悪用する心配があることを忘れてはいけない。労働の側にも、資本の側にも、イソップの「アリとキリギリス」の話をもう一度読み返すことを薦めたい。
本研究報告は、グローバルな視点から、スマホアプリ必須のライドシェアの仕組みの解説に加え、運転者をめぐる税金上の課題についても深掘りした労作である。