TCフォーラム研究報告2023年1号【2023年2月】

TCフォーラム研究報告2023年1号

「EVシフトと道路財源、人権」

石村耕治(TCフォーラム代表委員・白鴎大学名誉教授)

◆2015年に、国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)で採択されたパリ協定で、「脱炭素化社会」の構築に向けて「2050カーボンニュートラル、ネットゼロエミッション計画」がアナウンスされた。

◆各国とも、GX「脱炭素化社会」構築に向けて行動を開始した。その一端として、従来の「燃料車」から「電動車(EV/FCEV/PHEV/HV)」、さらには「電気自動車(EV)」への転換(シフト)、つまり「EVシフト」を急いでいる。

◆各国は、クルマ社会の重要なインフラである道路の財源を久しく、各種の化石燃料税に依存してきた。しかし、EVは、エンジンがなく、モーターで走行する。ということは、電気は必要であるが、ガソリンなどの化石燃料を必要としない。既存の自動車税制下で、EVシフトにより、電気自動車の登録運転者は、化石燃料税を負担しないで済むことになる。また、燃料効率車(FCEV/PHEV/HV)で公道を走行すれば、燃料車に比べ化石燃料税の負担が少なくてすむ。これでは、ガソリン車などの登録運転者からみれば、電気自動車(EV)の登録運転者は、道路財源の公正な負担(fair share)をしない、いわば「フリーライダー(ただ乗り者)」のように映る。

◆そこで、各国は、急速に進むEVシフトの将来を見据えて、「自動車燃料税(vehicle fuel tax)」から「自動車走行距離(マイレージ)税/課金(vehicle mileage tax/charge)へのシフト(転換)で、道路財源確保のソリューション(解決策)を探っている。

◆さまざまな自動車走行距離(マイレージ)税/課金モデルが提案されている。中には、電動車の最近の開発状況に遅れをとってしまったガラパゴス化した自動車走行距離(マイレージ)税/課金モデルもある。

◆自動車走行距離税/課金制度の導入では、概して後発のモデルが参考になる。2022年にオーストラリアは、燃料税を負担しないあるいは負担の少ない「ゼロおよび低炭素排出車(ZLEV)」を対象としたかなり練れたモデル(well-designed model)の自動車走行距離(マイレージ)税/課金を導入した。

◆こうした諸国に比べると、わが国では自動車走行距離(マイレージ)税/課金制度導入どころか、そのあり方の検討すら遅々として進んでいない。この背景には、わが国においては、2022年時点で、自動車販売におけるEVの販売実績は2%を下回ることがある。中国は25%、ドイツは20%である。イギリスは、2030年にガソリン車の販売を禁止し、2030年のEV販売目標を50~70%に設定している。これに対して、わが国は、2035年に電動車100%、2030年のEVやPHEVの販売目標を20~30%に設定している。

◆わが国は、「完全EV化」という点では、足踏み状態にある。わが国の自動車関連就業人口はおおよそ530万人。EVシフトは、産業構造、就業人口に大きな影響を及ぶことが背景にある。また、走行距離税/課金へのシフトが、「レベニューニュートラル(収入中立)ないし減税/負担減になるのか政策立案当局の説明不足である。市民は、わが国の自動車諸税は国際的にも高く、EVシフトでさらに負担が増えるのではないかと危惧している。市民の理解を得るための政府の努力不足は否めない。

◆自動車産業で働く者をどう護るのか、リスキリング(学び直し)なども含め抜本的な政策なく不透明である、また、急速充電インフラ/スマート・グリッドなどが整備されてないと、EVを購入したとしても、消費者にとっても視界不良となる。

◆23年1月16日、トヨタ自動車の豊田章男社長は「今般のEVシフトへの対応、自分には限界、後継に託す」とし、3月末での退任を表明した。これにより、自動車産業に働く人たちを守るためエンジン+モーターのハイブリッド車に執着し、国内でのEV製造・販売にブレーキをかけるトヨタの経営方針に終止符が打たれた。

◆こうした状況のもと、2022年12月16日にアナウンスされた2023年度与党税制改正大綱では、カーボンニュートラルへの取組策が盛り込まれた。

◆エコカー減税は24年1月から段階的に基準を厳しくし、25年5月には、優遇対象からガソリン車を事実上外すことになった。また、EV税制は走行距離(マイレージ)に応じた課税/課金案などに警戒が強く、3年後に枠組みを示すことで折り合った。

◆すでにふれたように、わが国の自動車業界は、世界のEV化の流れから大幅に遅れをとっている。玉突きで、グリーン対応で必須となる自動車税/課金の制度設計でも遅れをとっている。

◆自動車走行距離税(マイレージ)税/課金の導入では、課税/課金ベースとなる走行距離の測定、税の賦課徴収にGPSやデータポート、スマートフォン、監視カメラなど先端技術(ハイテク/ITC)DXを使おうとする国も少なくない。しかし、車輛にGPS対応のデータポートなどの装着を義務づけ、登録運転者を監視することは、走行データの取扱い方を誤ると、人権侵害につながる。車で公道を自由に走行することは基本的な人権だからである。

◆わが国における国の役所やその息のかかった外郭機関による走行距離ベースの課税/課金制度の検討においては、車輛の登録運転者の走行データなどプライバシーその他の基本的人権を護る仕組みについてはほとんど議論が行われていない。民主国家の香りがしない自動車走行距離税(マイレージ)税/課金モデルの検討に終始している。

◆この点、アメリカやイギリス、EUなどでは、ハイテクを使って運転者の走行データなどのプライバシーを当局が入手できないように法的保護措置を講じるのは当り前となっている。

◆オーストラリアは、州レベルで2022年から「ゼロおよび低炭素排出車(ZLEV)」を対象に、走行距離税を導入した。しかし、有料道路(toll roads)とは異なり、一般公道(public roads)では、車載の走行距離計(odometer)を使い車輛の登録運転者に走行距離を定期的に申告させ、当局が課金を賦課通知する仕組みを採用している。いわゆる「ローテク」で課金する方式を採る。

◆ハイテクの知見がなければ、基本的な社会インフラである「公道」を走行する権利が得られないのでは、新たな不公平が出てくるからである。デジタルデバイド問題を抱える市民も多く、デジタルネイティブ優先というわけにもいかないからである。

◆アメリカなど多くの諸国では、マイレージ/走行距離をベースの「課金(charge)」として導入している。しかし、オーストラリアの例を見ても、走行課金(ZLEV charge)に消費税(10%のGST)の上乗せ課税をしていない。二重課税(tax on tax)にあたると見るからである。

◆このことから、わが国で、従来の燃料税からマイレージ/走行距離をベースとする仕組みのシフト(移行)する場合には、新たな仕組みを「税(tax)」とするか、「課金(charge/fee)」とするかも重い課題となる。

◆この点、わが国では、走行距離税/課金制度導入の検討が、国の役所ないしその息のかかった外郭機関主導で進められていることもあり、意図的に、「税」か「課金」か、そして「二重課税/重複負担」についての議論が避けられている。

◆ちなみに、わが国では、現在、有料道路通行料(toll road charge)には10%の消費税が上乗せされている。燃料税を縮小/廃止し、一般公道を走行する車輛に走行距離税/課金をかけるとすれば、その額に10%の消費税を上乗せするつもりなのであろうか?「重税国家化を許さない!」という意味では、極めて重い課題である。

◆わが国の道路は、国道(約2.6%)、都道府県道(約10.6%)市町村道(84.1%)で、地方自治体の管理する道路が大半を占めている。にもかかわらず、「EVシフトと道路財源」については、通産省や国土交通省、財務省といった国の役所が中心として、検討が進められている。自治体レベルでは、東京都が都税制調査会で議論している程度である。しかし、自治体レベルでの議論が活発に行われない、道路財源における中央集権化がますます進むおそれがある。憲法に保障された自治体の課税自主権を前面に押し出した新たな走行税制の構築を目指すべきではないか。

◆岸田政権は、温室効果ガス削減の柱に、原発の再稼働を据えている。しかし、ドイツのように、再エネ(風力/太陽光)80%で、発電量を確保する政策に舵を切った国に学ぶのも一案である。電源を原発などグリーンでないエネルギー源に過度に依存する国からは電気自動車(EV)を輸入しないという方向性も強まることが容易に想定されるからである。

◆原発再稼働/軍拡増税/マイナパンデミック等々・・・・岸田スタイルの独断的な政策決定方法、専制主義国家の手法では、合意形成のための議論を回避する。現行に憲法秩序、民主主義国家にはなじまない危うい手法をとる。自動車走行距離税/課金について、政策の競争のないところでは、磨きのかかった最良の仕組みは生まれない。国民全体で議論を展開し、新たな仕組みを整えていく丁寧な合意形成が必要である。

◆燃料税走行距離税/課金へのシフトにおいて、納税者/消費者/自動車運転者サイドからは、❶「『税』か『課金』かの選択」、❷「二重課税/重複負担」、❸「ローテクかハイテクか」、❹「プライバシー/人権保護」、❺「レベニューニュートラル」、➏「自治体の自主財源確保」などが最も重い課題である。