TCフォーラム研究報告2026年6号

 TCフォーラム2006年6号 石村耕治「米『Clearview AI』の正体」
                                                2026年3月19日

アメリカ「クリアビューAI(Clearview AI)」の正体

Clearview AIを常用する移民取締当局(ICE)への納税情報提供の脅威

トランプ政権下、課税庁(IRS)が治安機関に変容

~急がれる顔画像データベース型ビジネスへの法規制

 

 石 村 耕 治
(TCフォーラム代表委員・白鷗大学名誉教授)

 

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Clearview AI, Inc.(クリアビューAI社)は、アメリカのスタートアップ企業である。同社は、インターネット上に散在する膨大な顔画像(biometric face data)を AI で自動収集する。そして、顔写真1枚から個人を特定できるデータベースと検索エンジンの構築に挑む企業として知られる。

同社は、ネット上の無数の顔画像を「データ資源」とみなし、無断収集し、AI によって検索可能な商品につくりあげ、収益化した。

Clearview AI の技術の中心には、ネット空間からの顔画像の無断スクレイピング[ウェブ情報の自動取得行為]がある。本人(情報主体)の同意はない。Clearview AIのユーザーが顔画像を1枚アップロードすると、人物の詳細な履歴が即座にオンラインで表示される。この仕組みは、近年の技術革新を象徴する。一方で、個人の身体的特徴を「所有可能なデータ」へと変換し、監視インフラに組み込む行為でもある。結果として、世界規模で進むデータ監視社会化を加速させている。

顔画像データベース型ビジネスの影響は、単なる技術革新では片づけられない。顔という、生涯不変で最も個人的な情報を、本人の同意なく収集・蓄積し、検索可能にする発想は、従来のプライバシー(人格権)概念を揺るがす。利便性が高くても、人権を重視する民主政体では、こうした禁じ手を放置できない。

Clearview AI のデータベースは、全米の警察、FBI、国土安全保障省(DHS)傘下の移民・関税執行局(ICE)などで広く利用されている。Clearview AIは、自社の商品を全世界に売り込んでいる。

このビジネスモデルに確実な法的規制が及ばず、野放し状態が続けば、応用範囲は急速に拡大する。スーパーのセルフレジや、顔認証付きマイナ保険証カードリーダーなど、日常的な装置にも容易に組み込める。わが国も無関係ではいられない。

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本報告(TCフォーラム研究報告2026年6号)は三部構成である。

 

第1部では、Clearview AI のビジネスモデルを分析する。その後、このモデルを封じ込めようとする世界の動きを紹介する。

カナダ、EU、イギリスでは利用禁止措置が進む。規制の網は急速に広がる。アメリカでも一部の州が司法判断でストップをかけた。代表例がイリノイ州である。同州は生体情報プライバシー法(BIPA)を制定し、以前から一定の歯止め策を準備してきた。連邦地方裁判所は 2024 年 6 月 18 日、BIPA に基づき Clearview AI の顔認証データ収集を違法と判断した(Burke v. Clearview AI, Inc.)。

本来、この種の規制は連邦レベルで一元化されるべきである。しかし、連邦議会が機能不全に陥っている現状では、包括的なプライバシー法の成立は難しい。とはいっても、権威主義的手法を好む大統領のもとでも、アメリカの三権分立、司法の独立はなおも機能しているように見えるという。連邦最高裁の 2024 年 6 月のローパー・ブライト判決(Loper Bright Enterprises v. Raimondo)や、2026 年 2 月の 国際緊急経済権限法(IEEPA)相互関税違法判決(24-1287 Learning Resources, Inc. v. Trump, 02/20/2026)が、その典型だという。

筆者は、法倫理とぶつかる顔画像データベース型ビジネスの拡大に歯止めをかけ、現在の権威主義的傾向をもつアメリカという国家のあり方の民主主義政体への回帰を願っているように見える。そのためにも、2026年11月の連邦議会中間選挙で民主党が勝利することに期待を寄せているようだ。

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本報告第2部「問われる IRS と ICE/アイスの申告情報共有合意書(MOU)」では、トランプ政権による「課税庁(IRS)の治安機関化」問題を扱う。

トランプ政権は、手荒い取締りで厳しい批判にさらされている移民取締当局(ICE)に Clearview AI を常用させた。同時に、ICE と連邦課税庁(IRS)は、納税申告情報を共有する合意書(MOU)を結んだ。IRS の申告情報が「移民狩り」に使われ始めたのである。

このように、トランプ政権は、還付申告の仕組みを捕獲トラップ化し、移民納税者を追い込む政策を取っているという。このため、移民納税者の間では「申告すると強制退去につながるのではないか」という不安が広がっているという。

とりわけ、必要書類不備滞在者(いわゆる「不法滞在者」)だけでなく、正規の移民労働者の間でも、「自分の申告情報が ICE に渡るのではないか」という懸念が深刻化しているという。

その結果、勤労所得税額控除(EITC)や子ども税額控除(CTC)など、給付(還付)つき税額控除(RTC/EITC)の利用率が低下しているという。移民コミュニティでは、税額控除の「取り逃し」が問題化しているという。

連邦の給付(還付)つき税額控除制度はきわめて複雑である。このため、毎年おおむね 25% が過誤還付(過大還付や不正還付)として税務調査の対象になっているようだ。移民労働者は、過誤還付で挙げられれば、そのデータが ICE に渡り、ビザ更新拒否や強制退去につながるのではないかと恐れているという。

幸いなことに、2026 年 2 月、連邦地裁は、この納税申告情報共有合意書(MOU)を違法と判断し、停止を命じたという。

このように司法がしっかり機能しているのであれば、法倫理とぶつかる顔画像データベース型ビジネスについても、司法にブレーキ役を期待できるのではないか。筆者の期待感が伝わってくる。

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本報告第3部はブックレビューである。

ニューヨーク・タイムズ紙のカシミール・ヒル(Kashmir Hill)記者が Clearview AI を分析し、2024 年に出版した『あなたの顔はわたしたちのもの(Your Face Belongs To Us)』を紹介する。

ヒル記者は、この書物で、Clearview AI のビジネスモデルと、創業者ホアン・トン・タットの人物像を追う。緻密な調査報道とスリラーのような筆致で、生成AIなどの先端技術を使い、プライバシーを食い物にして収益を上げるこの企業の危険性を鋭くえぐりだしているという。ヒル記者は、単に「インターネット上の顔を吸い上げ、誰でも特定できる検索エンジンを作った企業」を告発するだけではないという。人間が「顔から他者を読み取ろうとしてきた」歴史に踏み込み、顔認証技術が現代社会にもたらす深刻な問題を浮き彫りにしているという。

日本語版も発売されている。関心のある方は、ぜひ一読されたい。

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